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戦争と震災の被害の株式非公開企業、ニッカウイスキー

スーツを着る男性

2014年秋からの半年間、NHKの連続テレビ小説では、ウイスキー作りに人生をささげた一人の男性とその妻の物語がドラマ化されました。
その主人公のモデルとなったのは、ニッカウイスキーの創業者である竹鶴政孝とその妻リタです。
竹鶴氏がニッカウイスキーを興したのは、昭和9年(1934年)、北海道余市町でのことでした。
創業当初は、会社経営を軌道に乗せ、ウイスキー作りに必要な資金を稼ぐため、リンゴの果汁を瓶詰ジュースとして加工し、出荷しました。

当初の社名は「大日本果汁株式会社」でしたが、その略称である「日果」がのちの「ニッカ」へと発展します。
現在、同社の工場は北海道余市町だけでなく、宮城県仙台市にも置かれています。
2001年、ニッカウイスキーはアサヒビールの完全子会社となりました。
ニッカウイスキーの全株式はアサヒビールが所有しているため、ニッカウイスキーは株式を市場に公開していない非上場企業です。

さて、第二次世界大戦当時、ニッカウイスキーの余市工場は米国による空襲の脅威にさらされました。
このとき、大切な「原酒」の貯蔵場所を分散させるなどの対策を講じましたが、分散させた貯蔵場所も工場自体も空襲の被害を受けることなく、難を免れました。
1945年(昭和20年)のことです。
それから65年以上が経過した2011年3月、東日本の各地を大震災が襲いました。

この時、仙台市などを含む東北全域では、地震の揺れや直後の津波などにより、甚大な被害が生じました。
ニッカウイスキーの仙台工場も、壊滅的な被害は免れたものの、醸造設備や蒸留設備などの一部が損壊し、操業が一時ストップするなどの影響を受けました。
とはいえ、幸いなことに原酒には特に被害もなく、早期の操業再開を実現させることができました。
その後、NHKのドラマ人気と共に、ニッカウイスキーの商品は好調な売れ行きを続けることになります。

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